◆塚口水路めぐり〜塚口城堀跡の巻
塚口..阪急塚口駅を中心としたこの街には都市河川・昆陽川が蛇行をして流れ、また其処に流入、或いは分流する別の流れが幾つもございます。それだけでなく昆陽川以外にも街中には小水路が張り巡らされている状態でして、まさに小河川の宝庫..街を歩いていると、小河川のみならず時代や歴史を感じさせる"気になる風景"にたくさん出会えます。此処ではそんな近年少しずつ失われつつある風景と共に、小さな流れを追ってみたいと思う訳です。この街の小河川は何処からどんな風にして何処へ流れ逝くのでしょうか。。
さて、あまり知られていないかもですが、塚口の街の史跡に塚口城跡というものがございます。知られていないのも道理、城跡といっても江戸期のそれのように立派な石垣や天守閣等が残っているという訳ではなく、元々寺院を中心とした集落に土塁と堀を巡らせた所謂中世城郭であったとの事。それも現在ではすっかり宅地化によって姿を消しており、所々にその遺構を残すのみとなっております。調べてみるに、阪急塚口駅の東北・塚口本町1,2丁目の辺り一帯が嘗ての塚口城跡との事らしいのですが、何でもこの付近に張り巡らされている水路は当時の掘跡なのだとか。何処から何処までが堀跡なのかは判然とは致しませんけれども、現在でも発掘調査が続けられているようですので、解明が待たれるところです。そんな背景もあってか、変わったとはいえ巨大なビルが建ち並ぶような無茶な乱開発はされなかったのかも知れません。
↑これです。三面コンクリート張りの都市河川といった趣ではありますが、これこそが大半が江戸時代後半に埋められたとされる塚口城の堀跡。橋から上流方向を見ています。調べてみると、嘗て塚口城(塚口御坊)では周囲を取り囲むように堀を巡らせ、そして更にその内堀を囲むカタチに外堀を巡らせる−という2重の堀が存在していたそうで、此処はその内堀跡にあたるようです。文献によると当時の堀幅は2〜3間(約3〜5m)との事なので、今よりもひと廻りほど規模が大きかった感じでしょうか。どちらにしても、この姿から当時の様子を偲ぶのはかなり困難かと思われますが、だがしかし歴史に基づいた場所である訳ですので、これは是非とも街の重要文化財として保存しておいてもらわなくてはなりませんね(断言)。
分流点アップ。手前の外堀側が上流になる筈なのですが、内堀河床部の方が高くなっているので、写真だけで見ると外堀に水を落としている格好にも見えます−といっても水は殆どありませんけれども。外堀の方も水は辛うじて溜まっているだけで、流れてはおりません。浮草が繁殖しているのが、流れていない何よりの証拠です。内堀流路の溝がギザギザ状になっているのには、何の意図があってのことでしょうか。
同地点のこちらは下流側。風情のあるアーチ型の石橋が架かっているのが見えますが、これは某宗教施設の敷地内にある私設橋。私設橋なのでおそらく無名橋と思われます。ちょうどこの場所から河床部に水が流れ−いや溜まりはじめ、季節の所為か水面に浮草が浮かんでおります。アーチ型の石橋、石造の護岸、レンガ塀、生い茂る緑、、偶然の配置にしてもナカナカに趣のある光景で、この状態を見せられて堀跡だと言われたら頷けるかもです。石橋の下に土砂が堆積しているのが見えたりしておりますが、ゴミが散乱しているというような事はありません。近隣の方にもきっと大切にされているのでしょう。河床部をよく見ると、先ほど見かけたのと同様の木の杭が突き出しているのが分かるかと思いますが、本当にこれは何なのでしょう、、気になります。再開発工事の目印か何かでしょうか。。此処から暫くは住宅の裏を抜けて逝くため少しの間河川の姿を見ることが出来ません..といっても本当にほんの少しの区間だけですが。 次に現れるのが此処。上流側を見ています。アチコチから配水管が突き出しておりますね。。河床部は土でもコンクリートでも無い、大き目の石を下に敷き詰めた状態。自然感倍増、というよりも何だか昭和初期の下水のような雰囲気。。何はともあれ貴重な光景だと思います。
そして此処から道路と阪急電車の線路とを暗渠で抜けるのですが、この場所、どうやら最近若干手が入れられたようです。ゴミ除け(或いは進入防止?)の柵と、その上に取り付けられた錠前が新しくなっており、暗渠のコンクリートも真新しい白です。河床の盛り土にも以前は雑草が生えておりましたがキレイに刈られております。この水路、、すっかり忘れられて放置されているものとばかり思っておりましたが、行政的にもちゃんと整備されているんですね。無茶な再開発は困りますが、管理の対象になっている事にまずは安心、です。。
トンネル入口のアップ。よく見るとトンネルに水は殆ど流れておらず、河床部に開いた排水溝に水を落としているようです。水の落ちる音が微かに聞こえておりますが、どうせ整備するならば、いっそのこと水琴窟を設置するというのもいいかも。。おそらくこの下に下水溝があるのでしょうけれど、同じ道路沿いにも地下の下水へと水を落としている流路がありましたので、おそらく同じ下水ではないかと思われます→■
阪急電車の高架下を覗くとトンネルの向こう側が見えます。すぐに屈曲して右へ直線で流れておりますが、おそらく水は殆ど無いものと思われます。。 下流側から屈曲部分を見たところ。画像の突き当たり部分が先ほどの屈曲部です。案の定、やはり水は全くありません。強い雨が降るとどうなるのか気になるところですけれど、河川規模もさることながらトンネル手前の状態を見るに、さすがに此処はあまり変わらないのではないかと思います。
流路の先は阪急電車の線路に沿って直線で続いております。この少し手前の部分に南側から幾つかの側溝が流れ込んでいました..といってもその側溝にも水は流れてはおりませんでしたけれども。辿って来た堀跡の流路は北から南流..という事はちょうど阪急電車の線路の通るこの道路が分水嶺となっているようです。
..此処から先、流路は阪急塚口駅の手前で暗渠になっております。更に詳細を調査致しますので、以降は次回探索時に−
塚口城堀跡・続く |