◆高瀬舟の面影は何処に〜東高瀬川の巻・後篇

 

 高瀬川..京都の市街地を流れ、鴨川を横切って伏見港まで到達するという嘗ての京の水運の拠点は、鴨川に水を落としたところで一旦水源を絶たれ、対岸から始まる東高瀬川は全く水の無い状態に。。が、しかしそんな東高瀬川も雨水や農業用水を集め、何とか河川の形態を保ち中流域では水鳥が遊ぶようにまでなりました。引続きそんな東高瀬川の流れを追って行きたいと思う訳でありますが、その前に前項で少し触れておりました下平田橋の下で東高瀬川に合流する河川を探索してみたいと思います。

 

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 これがその合流点。写真奥が東高瀬川で左手側が下流、写真左すぐのところに下平田橋が架かっています。東高瀬川の河床部はずっと緑に覆われていて中央部にのみ水の流れがあるのですが、この支川の流路は河床全てに雑草が生い茂っていて、川なのか草なのか判別出来ないような状態に。。元々こうだったのか、それとも東高瀬川の側から緑が侵食して行った結果なのかは定かではありませんが、取り敢えず水が流れなくなって久しいという事だけは間違いないようです。その証拠に反対側を振り返ってみると..

 

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 ..絶句。。道路脇の開口部ですが、中に小さな石やゴミが詰まってしまっていて、此処から水が流れて来るようには到底思えません。というか流れようと思っても実際不可能でしょう、コレは。自然にこうなったのか、それとも人為的なものなのか。本来であれば、此処から水が流れ落ち東高瀬川へと注ぐのでしょうが、もうどのくらいの間通水していないのでしょう。。それはそれとしてこの河川..1つだけ気になる事がございます。それは、水の流れる方向..この河川の上流は南側になるのです。京都市の地形は盆地であり、また道路等も碁盤の目状に整備されていて割と東西南北がハッキリしていますので、市内の河川は通常その殆どが北から南へと流れます。東西に流れる河川だと微妙に流路が北上したりという事はあるかも知れませんが、このように南から北へ流れる河川というのはかなり異例ではないかと思います。

 

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 道路を隔てて反対側の様子です。フェンスが高く張り巡らされておりますので、その隙間から撮影しました。手前が合流点になりますので、写真奥の方が上流の筈ですが..本当のところはどうでしょう。。何しろ水の流れがありませんので何とも..それとも何処かに分水嶺があるとか。。試しにビー玉でも転がしてみると良いかも知れません。コンクリート打ちの河床ですが、流路がこれまた細く切ってあること。。

 

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 先ほどの場所を反対側から見たところです。手前が上流側の筈なのですが、うぅむ..こうして見るとこちら側に傾斜がついているようにも見えますね。本当はどうなのか..何だか此処にバケツで大量の水を流して流れる方向を見てみたいような気がします。。

 

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 反対側はこのような状態です。"河川"と呼ぶには微妙な佇まいですが。。コンクリート河床には全く水が無く、雑草が生い茂りつつ枯れている状態で、何だかたとえ強い雨が降ったところで此処に水が流れるようには見えないですね。集まっては来るでしょうが。

 

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 流路の先を見てみると、何と水が出現!川に水が現れて驚くのも何ですが..ただし水は流れてはおらず溜まっているだけという感じです。堆積した泥に草が茂っていたり、河床部に何かと遮蔽物が多いので流れようにも流れないのでしょうね。この水は奥に見える排水管から出てきたものでしょうか。しかしこの状態はあまりにも..水面のアップ写真も撮影しましたが自主規制致しました。

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 此処から再びU字溝が始まります。この雑草と枯れ草、そしてコンクリート河床の汚水..昔に比べると街がキレイになってきている昨今..逆に珍しい光景かも。公害がまだ深刻な社会問題と化していた(今でも無くなった訳ではないでしょうが)昔日が偲ばれる思いです。

 

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 U字溝流路の先です。再び水が!塩ビパイプの排水管から出て来たのでしょうか..だとしたら写真で見る限り水が写真奥の方へと流れているような。。やはり奥が下流..南流していたのか。。たまたま東高瀬川付近を流れる流路だったので、最上流部に東高瀬川への放水口を設けたというだけの事だったのかも知れません..だから河口部に殆ど水が流れなかったのかも。。だとしたらとんだお騒がせでした。

 

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 再び流路が現れる場所から撮影。駐車場の脇を屈曲して流れます..いや流れません。水は全くありませんから。。U字溝が無くなっていて河床部には枯れ草が。。この駐車場が何かの理由によって整備される日が来るとしたら、その時がおそらくこの流路の最期だと思われます。

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 いつ見ても怖いこの看板..

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 先ほどの場所を反対側から見ています。駐車場と建物との隙間に沿って流路が続いておりますが、河床部は相変わらずゴミだらけ。此処が現在開渠で辿れる最下流部。この先で暗渠に入りますが、おそらく付近の下水道へと繋がっているのでしょう。しかしゴミが目立ちます。空き缶のポイ捨て、久々に見たような気がします..少なくとも東高瀬川には殆どありませんでしたから。

 

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 暗渠の入り口です。少し斜めに流路が続いているのが見えますが此処から先に開渠部は無く、暗渠の中に入る事は物理的に不可能なので、此処から先の流路は探査する事が出来ません。空き缶やペットボトルがものすごい事になっていて、川田川源流部の雰囲気に近いものがありますね。。忘れられた流路よ、いや最初から忘れられる運命しか持ち得なかった流路よさようなら..と書いていて何だか切なくなってきました。取り敢えず東高瀬川に戻ります。。

 

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 気を取り直して東高瀬川です。竹田街道(国道24号線)から下流側を見たところですが、道路を渡っていきなりこの高低差にまず驚かされます。それまでのあの緑に覆われた低い河床の、何処となく穏やかな雰囲気だった東高瀬川は何処へ..様相は一転し一気に都市河川ぽい雰囲気に。護岸も新しく造られており、明らかに人の手が入っている感じです。河床には奇妙な形状のブロックが置かれ、その隙間を水が落ちていて水音を響かせております。左岸が遊歩道に生まれ変わりそうな様子なのですが、何年も前からずっとこのままで、入口には工事用のオレンジ色のフェンスが立ちはだかっており、立ち入ることは出来ません。遊歩道化計画の一環で護岸も、そして滝も整備されたのではないかと思うのですが、近隣住民の反対に遭ったのでしょうか、それとも工事資金の問題なのか..何れにしても現状は放置されたままとなっておりますので側道は歩く事が出来ませんし、当然ながら河床部に降りる事もできませんので、したがってこの先しばらくは河川の姿を見ることが出来なくなります。
 此処で様相を一変させる東高瀬川..竹田街道の下でどのようになっているのか。河床に傾斜がついているのか、橋の下でも滝になって水を落としているのか、、調べてみたいと思います。

 

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 竹田街道に架かる高橋。ちょっとこれまでに無い配置の銘板ですが、上流側にのみ入れられております。銘板横の"0本共01"の表記は何を意味するのでしう。。上流側は白ガードレール製、下流側は柵で仕切られているという変則的なパターンの橋ですが、以前は下流側もガードレール製だったのかも知れません。さてこの橋の下で、川はどのようになっているのでしょうか。。

 

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 という訳で、日を改めまして河川の達人・Tenkei様とご一緒させて頂き、合同河川探索と相成りました。時は2009年5月31日、前回からちょうど1年ぶりの再会で、まるで七夕のような私達、、愈々高橋の下へと潜ります。まるで探険家にでもなったかのようで、胸躍る想いであります。。橋の外側には塗装年月日が記されておりました。流路は約120度の角度で屈曲し、竹田街道を斜めに横切っています。よく見ると屈曲の手前に旧い護岸が少しだけ残っています。
 ところでこの高橋、以前の探索ではざっとトレースしただけで銘板がある事に全く気づかずにいたのですが、今回Tenkei様のご指摘により無名だと思っていたこの橋に名前があると分かり、何だかとてもスッキリしたような、胸に蟠っていた痞えが取れたような、そんな気持ちです。

 

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 Tenkei様のお話では、普段この場所にはヘドロが堆積しているとの事でしたが、この日は比較的に水が少なめで、河床部の土は乾燥しておりました。足場を確保するのに苦労するといった事も無く普通に歩ける感じです。橋の手前までは河床部にずっと草が生えておりましたが、此処には全くありません。こうして見るとまるで洞窟のようです。車の通る音はそれほど大きくは聞こえません。

 

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 洞窟の中ほどで水は二手に別れて両端を流れます。ごみが散乱していますが、上流から流されて来たものでしょうか、、それとも。。河床部に急な傾斜がついているという事も無いようです。

h-taka123.JPG (153810 バイト)  水の流れのアップ。水質は澄んでいるので、こうしてアップで見ると、まるで洞窟から流れ出る源泉のようであります。。

 

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 下流方向はこんな感じ。此処から水は下へと落ちています。こうして見ると思っていたほどの高低差は意外なほどありません。橋を越えると途端に緑が深くなり、川のせせらぎの音もしていて癒されますが、傍に落ちているペットボトル等のごみがどうしても気になってしまいます。。

 

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 滝を下から見たところ。橋の上から見た時には、かなりの高低差があるように見えていたのですが、実際には段差はこの滝のこの部分のみ(画像のブロック約3段分)で、フィッシャーのだまし絵を見ているみたい。河床部に降りたこの日は水が少なかったのでこういう状態ですが、水量が多い時にはこの階段状に設置されたブロックの上を水が流れ落ちて逝く訳です。。

 

h-taka127.JPG (155127 バイト)  滝上部のアップ。水の流れ落ちる最初の一滴です。。

 

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 此処から下流には新しい護岸が施されているのですが、橋の下から外に出る少し手前に旧い護岸と新しい護岸との境目がありました。

 

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 上流方向を振り返って見たところ。手前の天井部分にはガス管(大阪ガスのロゴマーク入)などが道路と並行して走っております。何故か手前側のみで、此処より上流側にはありません。日常生活の舞台裏を垣間見るような想いですが、竹田街道の下にこのような風景が広がっていることを、いったいどのくらいの人が知っているでしょうか。。天井部分のガス管と、散乱するゴミに目を瞑れば、何処かの洞窟にある泉の源流といった風情..ルルドの奇跡でも起こるといいのに。。

 

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 滝の先の下流方向を見たところ。右の護岸に微かに見える異物は一体何??実はちょうどあの場所は、暗渠化流路の開口部にあたる筈なので、もしかしたら排水用のパイプか排水弁のようなものがあるのかも。もしあるのだとしたら、流路は暗渠化されているものの内部はそのまま現存しているという事か。その暗渠化流路、Tenkei様曰く鴨川の水門から続く水量調整用のものではないかとの事。写真をズームで撮影しましたが此処からはよく見えないので、引続き調査し別項で取り上げたいと思います。

 

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 再度、竹田街道に架かる高橋からの光景。先ほどとちょっと角度を変えております。水音が響いて、個人的に好きな場所です。護岸も通常の平らなコンクリートではなくヨーロピアン風のデザインを施したものになっていて他ではあまり見かけない仕様。柵も黒色で何処となくシックで落ち着いた雰囲気。ブロックの上を流れる水も泡立ったり膜が張ったりしていませんし、またブロックの先には緑もあり、一抹の清涼感を感じます。それでありながら歩道は立入禁止で親水性を拒否しているような佇まいもあり、何とも。。右岸と左岸の高さの違いも奇妙です。

 

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 河床ブロックのアップ。階段状に組まれたブロックの隙間に水が流れ落ちています。こうやって街に水音を響かせ、尚且つ滝をつくる事によって水を浄化させるという一石二鳥ぶり。遊歩道、、願わくば整備して欲しいところですが。。

 

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 マンションの入口用に架けられた無名橋越しに上流を見ています。橋自体がマンションの敷地内ですので、外からズームで撮影しました。橋は夜になるとライトが点灯するようで、ロマンチックな雰囲気も期待できそう。河床はコンクリート打ちで中央に流路が切ってあり、この河床部だけは非常に都市河川的な佇まいを見せています。

 

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 若葉橋(わかばはし)から先ほどのマンション橋を見ています。若葉橋の手前で急に川幅が広くなり、また竹田街道からずっと続いていた新しい石垣風の護岸も此処までとなります。。若葉橋は平成竣工の新しい橋ですが、昭和初期〜30年代くらいに架けられた橋は老朽化の為か平成初頭に新たに架け直されているものが非常に多いです。よく見ると河床部に少しずつ緑が育ち始めておりますね。。

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 若葉橋下流側です。橋の上流側と比べてこちらはかなり雰囲気が異なりますが、おそらく改修されるまでは上流側もこのような感じだったのでしょう。護岸は平面コンクリートになりましたが、河床に向かって緩やかに傾斜がついています。で、またしても河床部には緑が..流路はこの先で左に大きく屈曲。ちょうど屈曲のあたりにつがいの鴨が泳いでいました。河床部には樹を模したコンクリートでちゃんと区切りが付けてあり、ちょっとしたビオトーブのような雰囲気です。もしかしたら河床部の緑も人工的なものなのかも知れません。

 

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 屈曲の先です。見えているのは無名橋。緑の河床が続いておりますが、真ん中に切ってある筈の流路が若干乱れております。これも自然の悪戯でしょうか。平面コンクリート護岸とゴミが落ちている事を除けば、良さ気な雰囲気ではないですか。流路は今度は右に屈曲します。

 

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 屈曲の先に架かる上三ツ杭橋(かみみつくいはし)から上流側を見ています。少し手前の護岸からブロック状の模様の施されたものになっています。この河床部の緑..中央にちゃんと流路が切っておるので人為的なものだと思うのですが、そういえば市内を流れる西高瀬川も70年代には同じような仕様が施されておりました。そちらの方は程なくしてコンクリートで固められてしまいましたが、当初は河床部に盛り土をして中央に流路がありました。やがてその盛り土部分に草が生え始めて緑の河床部となったのですが、都市河川ゆえの哀しさ..雨が降ると強烈に水量が増えて盛り土もろとも水没してしまい、翌日は根っこから全て下流向きに薙ぎ倒されたミステリーサークルのような河床部が出現していたものでありました。この東高瀬川は一体いつ頃からこのような状態なのかわかりませんが、西高瀬川と同時期か少し後かも。。ちなみに此処にも水鳥の姿がありました。それはそうと銘板にスプレーで悪戯するのはやめれー。

 

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 上三ツ杭橋から下流側。此処からしばらくは直線区間が続きます。橋の下で泥が堆積して色が変わっており、ところによっては油が浮いて光っている部分もありました。河床部の緑も途切れがちで、残念ながらキレイとは言い難い雰囲気です。。

 

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 三ツ杭橋(みつくいはし)から上三ツ杭橋を臨む。コンクリート護岸に水の流れた跡が地層のようについているのが見えますが、凡そ半分近くまで水が来ていたことが分かります。多くの都市河川同様に、大雨の際にはかなり様相が異なるのかも知れません。

 

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 三ツ杭橋から下流側。流路は更に直線で続きます。向こうに見えるのは名神高速道路です。河床部の緑とコンクリート護岸..親水性があるのか無いのか、よく分からない中途半端な光景が続いております。

 

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 中川原橋(なかかわらはし)から上流、三ツ杭橋を臨む。辺りは住宅も多いですが、ところどころ田畑も残っており、何処となくのどかな雰囲気です。銘板にスプレーするのはやめれっちゅーのに(怒)

 

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 中川原橋から下流側。此処でようやく直線区間が終わり、左へ屈曲します。此処から両岸にブルーの金網が設けられるようになり、護岸も平面コンクリートに変わり、若干風景に変化が見られます。

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 上出橋(かみいではし)から中川原橋を臨む。これだけ多くの橋が架かっているのは、都会を流れる中小河川ならではの光景です。河床部の緑は再び途切れがちに..大雨で流されてしまったのでしょうか。しかし銘板の"竣功"の文字は..結構珍しい表記ではないかと思います。

 

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 上出橋から下流側。橋の反対側はいきなり河床に大量の藻というか水草が繁茂しております。どうしてしまったんでしょう..そんなに栄養豊富な水質なのでせうか。。向こうに見えるのは無名の私設橋で、上を通っているのは名神高速道路の高架です。

 

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 名神高速道路下に架かる新竹田出橋(しんたけだいではし)です。橋は欄干のみを残して他は鉄製の柵に変えられてしまっており、何だか哀れな雰囲気。昔は規模の小さな橋が多かったですが、近年では防災上の観点からか欄干を高くしたり、柵を巡らせたり改良されている場合が多いのですが、此処もおそらくはそうでしょう。両岸の金網も7〜80年代にはきっと無かったと思われます。このすぐ下流に竹田出橋が架かっています。

 

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 竹田出橋(たけだいではし)は付近を通る市バスの停留所名となっておりますが、バスを利用される方のうち"竹田出橋"と聞いて"あぁ、東高瀬川の"とすぐに分かる−この橋の存在を知っている人は一体どのくらいおられるでしょうか。。

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 竹田出橋から下流側。相変わらず水草豊富というか異常発生状態ですが、河床部はナゼか赤茶色をしており、水面には油が浮いてキラキラしています。もしかしたらこのキラキラや赤茶色のうちの何%かが水草繁茂の原因でしょうか。生活排水の中に、たまたま水草の成長にちょうど良い栄養素が含まれているのかも。付近は住宅密集地で典型的な都市河川といった風情ですが、河床部だけは尋常でない様子。。それがまた都市河川的といえばそうなのかもですが。思えば東高瀬川を探索して予想以上に水質がキレイで逆に驚いていたのですが、此処へ来て予想通りの展開になったという感じです。此処から暫くは無名橋が続きます。

 

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 その無名橋ですが、これは隣接する工場用の私設橋。橋の入口はフェンスが施されていて、普段は橋を渡ることが出来なくなっております。しかしすぐ向こうに別の橋が架かっていますので、別段困る事は無いと思われます。

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 それがこの橋です。銘板が入っていても不思議でない佇まいですが、何処にも銘板は無く、欄干外にもやはり何の表示もありません。橋の上ですれ違うのはちょっと困難と思われるほど、河川規模の割には小さな橋です。歩行者専用の橋ですので、当然といえば当然かもですが。

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 橋の上から先ほどの私設橋を見たところ。河床部の赤茶色がよく分かります。相変わらず緑が茂っておりますが、この状態の河川でもちゃんと緑が育っているというのが驚き。雑草って本当に強いです。

 

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 反対の下流側です。この赤と緑のコントラスト..一種独特の光景が続きます。。向こうにみえるのはやはり同じタイプの無名橋です。

 

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 見えていた無名橋から更に下流側を見ています。緑が随分と繁茂していて河床部をかなり覆っておりますが、途切れ途切れに垣間見える河床部はやはり赤茶色をしております。

 

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 車橋(くるまばし)から上流を見ています。ずっと無名橋が続いておりましたが、やっと有名橋がありました。この橋は歩行者専用でなく車道ですので、当然ながら先の2橋よりも規模が大きくなっている訳です。4箇所に銘板が入っておりますが、"東高瀬川"の"瀬"の字に注目。ちょっと珍しい表記です。昭和58年の竣工でありながら何故か"瀬"の字だけが旧字体表記..架設者の心意気が伺えますね。

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 通常の銘板とは別に橋桁部分に竣工票もありました。橋の外側でなく内側に、そしてちゃんと道路向きに取り付けられており、普通に見られるようになっているのが逆に珍しいのではないかと思いました。

 

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 車橋から下流方向。相変わらずの緑と赤のコントラスト..何だか都市開発による汚染と自然との鬩ぎ合いといった風情にも見えますね。河床部の雑草が負けてなるものかと躍起になっているみたい。。しかしゴミの散乱は意外と見られません。人々のモラルは緩やかに向上しているようです。流路はこの先で緩やかに右へ屈曲しており、屈曲部に架かっているのは無名のガードレール橋@です。

 

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 無名ガードレール橋@から下流方向、屈曲の先です。河床部の緑は何故か此処で一旦途切れ、次のガードレール橋A(やはり無名)から再び繁茂し始めます。

 

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 カードレール橋Aから下流方向です。都会の喧騒を離れ、穏やかな住宅街といった雰囲気。橋から見るとすぐに向こうの橋が見えている状況が続いておりましたが、此処から暫くは橋がありません。竹田出橋から下流は直線で流れているように見えて、微妙に緩やかに西流しているので、このような右方向への屈曲が多くなる訳です。流路は写真の先でやがて大きく右方向へと屈曲し方向を変えております。

 

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 屈曲部を下流側から振り返って撮影。約120度の角度で屈曲しておりますが、ちょうど屈曲部の内側にだけ緑があるのは、その部分だけ水の流れが停滞して土が堆積し易いからでしょうか。

 

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 屈曲の先を見たところ。右に屈曲した後で微妙に角度を変えて左に直進しているため、流路が若干蛇行して見えます。漸く橋が見えてまいりました。

 

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 かなりレトロな趣の橋..と思ったら35年前の竣工です。一応有名橋らしいのですが、何しろ欄干に入っている銘板がこれだけでして、他3箇所は銘板が入っていたと思われる四角い跡だけを残してそれぞれ紛失してしまっております。一応辺りを探してみましたが落ちていませんでした(笑) せめて名称だけでも知りたかった..嗚呼、この橋の名称は何というのでしょうか。付近の詳細な狭域住宅地図等があれば、或いは掲載されていたりするかも..町名から取って"内畑橋"とか??機会があれば調べてみたいと思います。

 

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 内畑橋(仮称)から下流方向。周囲には田畑が広がり、自動車もあまり多くなく、澄んだ水面には穏やかな陽が射して長閑な雰囲気。橋の下には破れた傘が河床部の土と同じ色で−しかし土に還る事も出来ずに漂っており、そんな退廃ムードの中しばし欄干に腰を降ろして佇んでしまいました。。向こうに見えているのは近鉄電車の橋梁です。

 

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 近鉄線の下を流れ出てきたところ。城南宮橋から上流を見ています。此処から見ると如何にも清流といった雰囲気に見えます。竹田出橋付近の虹色のテラテラも、此処まで来ると浄化されているのでしょうか。。

 

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 城南宮橋から下流側です。この橋の下で暗渠を流れてきた用水の流れを併せ、東高瀬川は橋を境にかなり川幅が広くなり、橋の上流と下流とで河川の様相が一変します。両岸の土手には歩道が造られ、河川沿いを歩けるようになっており、此処から先は愈々一級河川の堂々とした佇まいとなります。近年になって整備されたようで、歩道にも色が塗られてキレイになっています。野暮ったい金網や柵も此処にはありません。名実共に誰からも認知された"一級河川"としての存在になる訳です..同時に河川の管理も京都府から国土交通省の管轄に変わります。同じく"忘れられた流れ"という私の管轄からも離れてしまうという訳で、東高瀬川のレポートはこれでおしまいです。流路は此処から真っすぐ南流し、七瀬川や濠川の流れを併せ、更に川幅を増大しやがて宇治川へと注ぎますが..機会があれば探索してみたいとも思います。。

 

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 おまけ画像・城南宮橋の少し下流にある七瀬川の合流点です。西岸から暗渠で合流しています。七瀬川下流部は数年前に暗渠化されたのですが、暗渠の上にはせせらぎ公園が造られており、地上と地下とを流れる2層式河川に変えられてしまいました。個人的には、あまりにも人為的な雰囲気の親水公園のようなものはどうにも好きになれません。。2つのトンネルから微量の水が今も流れ出ておりますが、嘗ての本来の七瀬川河口部の姿を見てみたかったです。。

 

東高瀬川・完

 

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